機動戦士ガンダムを観ました
今回は機動戦士ガンダムを観たのでその感想です。
Gのレコンギスタから始まってガンダムシリーズを逆に遡って視聴してきましたが、いよいよ最後になりました。
ファーストガンダムにようやく辿り着きました。
ファーストガンダムも今更改めて観るまでもないくらい観ていますが、歳を重ねた事によって今まで気づかなかった事もあると思うので観てみました。
ファーストガンダムは最初は小学校低学年から観ているのですが、改めて思うと観た年齢によって印象変わったなあと感じるので今回はその辺の話をしたいと思います。
まず小中学校辺りに観た時の印象ですが、完全にロボットアニメとして観ていたなあと感じます。
ガンプラの影響もあると思いますが、人間ドラマ戦争ドラマというよりも、それまでのロボットアニメの延長線上として観てました。
「ガンダム強い・アムロ強い、シャアカッケー」みたいなそれが中心でした。
それが大学以降20代くらいの時になると、基本的に私はアムロ好きなので、アムロ最強というのは変わらないですが、ファーストガンダム以降に様々に派生したガンダムシリーズの影響もあってか、連邦が絶対正義の勧善懲悪アニメではなく、ジオン側の方にも様々な主義主張があるんだと考えるようになりファーストガンダムの観方が変わりました。
で50になった今はというと、何かあんまりそう言う事は気にしなくなりました。
単純にキャラクターや一エピソードがどうだったとか、若干冷めた感じの観方になってました。
ただそういった観方になったからなのか、これまではあまり印象に残ってないエピソードが改めて観ると面白かったりしました。
小中学生の時は先に書いた通り、ロボットアニメとして観てる側面が強いので、ガンダムが活躍しないエピソードはあまり面白くないという印象でした。
特に地球に降りてガルマを倒してからの数話は。
具体的には第13話「再会、母よ」第14話「時間よ、とまれ」第15話「ククルスドアンの島」あたりです。
兎に角この辺はガンダムが活躍せず人間ドラマ中心のようなエピソードです。
ただこの辺のエピソードを今の歳になって観ると大分印象が変わりました。
特に「時間よ、とまれ」は相当面白かったです。
「時間よ、とまれ」がどんな話か簡単に説明すると、ジオンのパトロール部隊の隊員達がガンダムに時限爆弾を付けて、それをアムロが外すというお話です。
この回が面白いのは爆弾を外すのにいつ爆発するか分からないから、他の人を巻き添えに出来ないという事でアムロ1人で外す作業にかかるのですが、最後の一つがガンダムの腕をあげないと外せない所に設置されていて、それをアムロは必死になって土を掘って隙間を作ろうとするのですが、それを見ていたホワイトベースのクルー達は流石に黙って見ていられず、アムロを助けに飛び出していって無事協力して爆弾を外す事に成功します。
それまでのホワイトベースのクルー達の雰囲気ってどちらかというと淡白というか仲間内で仲が良さそうな雰囲気はなかったのが、この回ではアムロを助ける為に皆んなが必死になって手助けするというのが良かったですね。
しかもこの回はオチも良くて、爆弾を取り付けたジオン兵達もアムロが爆弾を外す所を見ていて、最後の爆弾を外したのを見ると、作戦が失敗した事は残念がってはいるものの、どこか安堵した雰囲気も出していて、最後に爆弾を外した奴の顔を見に行かないかという事になって、民間人を装ってアムロ達に会いに行って激励をして終わるという、何とも洒落た感じの終わり方です。
本当にこの「時間よ、とまれ」はかなり良かったです。
で、この記事を書くにあたってテレビ版のガンダムについて色々と調べてみたら、この回は富野監督自らの脚本という事でした。
久しぶりにファーストガンダムを観ましたが、やっぱり面白いです。
まだ観た事ないという人で時間がないという人には劇場版3部作をオススメします。
テレビ版のダイジェスト的な感じではありますが、上手くまとまっているので、アムロの成長や一年戦争の流れを見るのに最適です。
テレビ版の方は更に先程述べたような、劇場版ではカットされたエピソードがあってより登場人物達の成長を観ることが出来ますし、ジオン側もモビルスーツの進化や国の疲弊していく様が見えたりと劇場版にはない面白さがあるので、結局両方観るのがオススメですね。
